1992年、GMCはアメ車マニアに語り継がれる事になるモンスターを誕生させる。それが、「GMC・Typhoon」。現在のフルサイズ&ラグジュアリーなSUVを知る方々から見ると、とても異質に感じるであろうそのスペック・スタイル・伝説は今なお多くのファンを生んでいます。
GMC Typhoon

タイフーンは92年・93年の2年間生産された。ベースとなったボディーは「GMCジミー」で4.3リッターV6をターボチャージして280hp、93年モデルは285hpまで高められ最大トルク49.7kg-m、当時のSUVでは考えられないハイパワーを誇っていた。
4.3リッターV6と言っても「S10」や「アストロ」などとはまったくの別物のマルチインジェクション装備の「サイクロンエンジン」が搭載されていた。タービンには当時有名だった日本製の「三菱TD06−17C」が使われ、インタークーラーは「ギャレット」製が使われた。

フルタイム4WD(AWD)を採用し、トランスファーは「ボルグワーナー」製で前軸35%:後軸65%に配分、ミッションにはC4コルベットにも使われていた「700−R4」、シフトノブはまんまC4コルベットそのものである。
サスペンションはフロントがダブルウィッシュボーン+トーションバー、リアがリジット+リーフスプリングでローダウンが施され「ビルシュタイン」のショックアブソーバーを装着。ブレーキはフロントがディスク、リアがドラムでABSを採用する。ホイールは16インチでF/R共に8Jだがフロントとリアではオフセットが異なり、タイヤはF/R共に245/50/16を採用、この時代のSUVでは有り得ない極太タイヤを装着していた。
発表当時、アメリカの雑誌”Car and Driver”のテストのよると、0−60mph(約96km)を5.3秒を記録、当時のSUVではとてつもない記録であり、さらに話題になる。
工場もGMCではなく「PAS」(Production Automotive Systems...メルセデスのAMGやBMWのアルピナのような存在)という特殊なチームの工場が担当していた(現在は閉鎖)。

92年の生産台数2497台、93年の生産台数2200台、うち92年モデルの中の96台は中東に輸出され、93年モデルの最後の一台は博物舘に送られた。
92年と93年モデルではエクステリア、インテリア、装備など意外と変更箇所が多く、2年間だけの製造だが実に奥深いものになっていて、92年モデルはレザーシートのサイド部分がコットン地でヘッドレスト部に”Typhoon”刺繍が施され、ドアの内張りにはポケットが設けられる。
ドアハンドルにはプラスチックで回りを囲んだ通称「グーフィードア」を採用し、サイドドアパネルとテールゲートの”Typhoon”と”GMC TRUCK”のデカールはシルバー。グリルの”GMC”エンブレムはレッド/クローム/ブラックの3色でABSは4チャンネルを採用する。
93年モデルはフルレザーのインテリアでヘッドレストの”Typhoon”刺繍は無し。替りにドライバーズシートの電動ランバーサポート付の電動パワーシートにグレードアップ。オーバーヘッドコンソールを新たに設け、サンバイザーは便利な3ピースに変更された。
サイドとリアのデカールはゴールドになり、グリルのGMCエンブレムはレッド/クロームに替わり、ABSは3チャンネルに変更された。スパルタンな性格ながらエアコン・パワステ・パワーウィンドウ・キーレスエントリーなどの快適装備は標準装備でCDプレーヤーとルーフレールはオプション設定。
日本には正規輸入されてなく、新車・中古車すべて並行輸入で、輸入されたショップ・会社で独自に日本の法律に合わせた改良・変更を施し販売された。
ここ数年の不況や石油価格の高騰となかなかタイフーンのようなクルマを維持していける状況ではなくなったのか、10年くらい前に比べて街で遭遇する機会が激減。
そして近年、本国アメリカのクルマ販売業者が日本で丁寧に扱われてきたタイフーンに目をつけて買い付けの為来日し、かなりの数の固体が”逆輸入”されている。